雄犬をお迎え予定、お迎えしたご家族で去勢手術をするべきかお考えの方もいらっしゃるかと思います。
今回は雄犬の去勢手術をいつやるか、メリットとデメリット、やらないことの影響、手術方法とその後のケアなどについてご説明させていただきます。
去勢手術について理解を深めることで、ご家族の理想に少しでもご助力できれば幸いです。
獣医師 阿部
雄犬の去勢手術についての基本情報
去勢手術とは何か?
去勢手術とは精巣を摘出することで望まない妊娠や、精巣が腫瘍化することを防ぐ手術です。
その他にも病気の予防(前立腺肥大症など)、問題行動の改善、発情によるストレスの軽減を目的に行う手術です。
去勢手術の流れと適切な時期
一般的な去勢手術の流れ
【STEP1】術前検査
身体検査や血液検査を行い、問題がないことを確認します。
【STEP2】手術当日
全身麻酔を行い、去勢手術を実施します。手術の前には絶食が必要です。
当院の去勢手術の流れ
・前日夜
21時から絶食を始めていただきます。絶水は必要ありません。
・手術当日
9時から10時の間にご来院ください。
・術前検査
再度身体検査と、必要な場合は血液検査を行い、問題がなければ手術を行います。
・術後の退院
手術翌日の夕方にお迎えに来ていただきます。
術後のフォローアップとして、1週間後と2週間後に手術部位の確認のため診察を行い、問題がなければ去勢手術関連のケアは終了です。
去勢手術の適切な時期と年齢目安
生後2か月から手術が可能という報告もありますが、ワクチンの接種状況や乳歯の遺残があった場合の治療のことも考慮すると、一般的には性成熟前 である生後5~6か月ごろが理想的であると言われています。
※雄犬の性成熟期とは
【時期】一般的に6ヶ月から12ヶ月の間ですが、犬種や個体差があります。
【特徴】精巣が大きくなり、精子を生産し始め、生殖が可能になります。マーキング行動(尿を使って縄張りを示す行動)や雌犬に対する関心が増えることがあります。
去勢手術のメリットとデメリット
去勢手術のメリット
去勢手術の主な目的・メリットは、望まれない妊娠を防ぐことです。
その他にも以下のようなメリットがあります。
寿命の延長
去勢手術を受けた雄犬の平均寿命は延びる傾向にあります。
病気の予防
精巣の腫瘍や炎症、前立腺肥大の炎症、膿瘍、嚢胞、肛門周囲腺腫、会陰ヘルニアなどの病気を予防します。
問題行動の改善
尿のマーキング、マウンティング、一部の攻撃行動などが減少します。
ストレス軽減
発情によるストレスが軽減されます。
また、陰嚢内に精巣が降りてこない潜在精巣(停留精巣、陰睾)という状態では、精巣の腫瘍化するリスクが13.6倍に高くなります。このため、潜在精巣の場合は特に去勢手術を行うことが推奨されます。
去勢手術のデメリット
去勢手術には全身麻酔が必要であり、健康な雄犬でもリスクは0ではありません。
全身麻酔による死亡率は、過去の報告(Brodbelt et al.2008)によると健康な状態の雄犬で0.054%と言われています。また、去勢によるホルモンバランスの変化や食事量の増加で肥満になりやすくなりますが、適切な食事管理で防ぐことが可能です。
早期去勢手術の影響
5.5か月齢未満の子犬に去勢手術を行うと、攻撃性や無駄吠えが増える可能性が指摘されています。
犬種別のデメリット
特定の犬種には、去勢手術に関する特有のリスクがあります。
・ミニチュアダックス
他の犬種と比較すると、縫合糸に対するアレルギー反応(縫合糸反応性肉芽腫)が発生しやすいです。
・ゴールデンレトリバー
12か月齢未満で去勢すると、リンパ腫、股関節形成不全、前十字靭帯断裂の発症率が上昇する報告があります。
・ラブラドールレトリバー
6か月齢未満で去勢すると、肘関節異形成症や前十字靭帯断裂の発症率が上昇する報告があります。
・ジャーマンシェパード
12か月齢未満で去勢すると、前十字靭帯断裂の発症率が上昇する報告があります。
・ロットワイラー
12か月齢未満で去勢すると、骨肉腫の発症率が上昇し、去勢手術を遅らせるほど発生率が低下する報告があります。
これらの点を考慮して、去勢手術を行う時期や方法については慎重に検討する必要があります。
ペットと災害から考える去勢手術について
災害時というすべてが緊張状態の中で、我々以上に雄犬はストレスにさらされます。
去勢手術により、異性に対しての興味が減ることでストレス緩和になることや、避難所や脱走も含め、そこでの望まない妊娠を未然に防ぐことができます。
環境省ではペットの災害対策のページがあり、ボリュームがだいぶ多いですが「人とペットの災害対策ガイドライン(平成30年3月発行) 」もぜひ確認いただけると嬉しいです。
被災初期から簡単にご説明すると、自治体の避難指示などに従うことが最優先になりますが、自宅が安全対策をしているかつ、十分に安全で自治体の指示があれば、自宅での避難生活をする「在宅避難」をすることで、精神的ストレスをかなり軽減できます。
ただし、自宅が安全であることが大前提であり、命にかかわるので安全性が確保できない場合にはペットとともに避難所に向かう「ペット同行避難」をします。
ペット同行避難生活を詳しく解説!(タップして開く)
「ペット同行避難」ではペットと滞在スペースと、人の滞在スペースは異なるのでご注意をお願いいたします。
避難所にはたくさんの人が避難しています。その中には動物に対してアレルギーを持っている人や、動物が苦手な人もいるのでお互いに配慮をしながら生活することになります。
同行避難ではペットのために事前にしてあげられることがいくつもあります。
①狂犬病ワクチン・混合ワクチン接種や、寄生虫の駆虫、健康面の確認
②最低限のしつけや、ケージに慣らす訓練を行い避難所でのストレスを少しでも軽減
③フード、飲み水、トイレシート(あれば常備薬も)などペットの避難セットの準備
④マイクロチップなどによる所有明示をはぐれてしまった時のために実施
⑤各自治体にペットの受け入れ対応を含め、事前に避難場所の確認
以上の内容を事前に準備できていると、何もわからず避難を行うよりも不安が少なくなるはずです。
ぜひご自身のもしもの時の備えとして、ペットを含む家族の防災対策をよろしくお願いいたします。
中野区のペットと災害について
「中野区地域防災計画」では、飼い主が被災し避難所で生活する際のペット(小動物)の同行避難を受け入れ、校庭等の一部スペースをペットの避難所として確保することを定めています。詳しくは下記リンクよりご覧ください。
【中野区】災害時におけるペットとの同行避難について
https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/bosai/suigai-sonae/jijyo-kyojyo/pet.html
お住いの地域のガイドラインのご確認をぜひお願いいたします。
去勢しない選択肢と長期的なリスク
去勢手術を行わない場合、以下のような長期的なリスクと注意点を考慮する必要があります。
病気のリスク
先ほどの項で述べた通りにはなりますが、精巣の腫瘍、前立腺肥大、肛門周囲腺腫などの病気の発生率が去勢している雄犬と比較すると上昇します。これらの病気は通常、高齢になってから発症しやすい傾向があります。高齢になると他の健康問題が重なり、全身麻酔のリスクが増加する可能性があります。
未去勢犬の管理と注意点
未去勢の雄犬を管理する際には、以下の点に注意が必要です。
・定期的な健康チェック
精巣や前立腺の腫れや異常、脱毛などの症状に対して定期的に注意を払う必要があります。
・攻撃行動のリスク
未去勢の雄犬には攻撃性や威嚇行動が見られる可能性があります。この行動の原因は複数あり、去勢手術を行わなかったことが一因である場合もあります。接触時には特に注意が必要です。
・マウンティング行動
生殖行動や支配行動としてのマウンティングが見られる場合があります。相手に不快感を与えることがあるため、適切な対応が必要です。
これらの要素を考慮し、雄犬の健康と行動の管理について慎重に判断することが重要です。
具体的な去勢手術の方法とプロセス
手術前日の準備と管理
1.診察と準備
当院では手術前には雄犬の全身状態を確認するための診察を行います。
問題がなければ手術の日程を決定します。
2.絶食
手術前日の21時以降は絶食していただきます。これは、麻酔中に食餌の逆流による誤嚥のリスクを減らすためです。
成長期の幼若な雄犬の場合は、絶食時間を短く設定し、低血糖のリスクを予防します。お水は通常通り飲んでいただいて問題ありません。
手術当日の流れと要点
1.来院と診察
手術当日は9時から10時の間に来院していただき、再度診察と血液検査を行い、異常がないかを確認します。異常があれば、追加の検査や、手術を延期することも考慮します。
2.鎮痛処置
手術前には鎮痛薬を使用して痛みの軽減を図ります。
これにより、手術時の麻酔の必要量を減らし、痛みの管理を行います。
3.手術
異常がなければお昼の間に手術を行います。
手術後には痛みの程度や傷口の状態を注意深く確認します。
術後のケアと抜糸のタイミング
1.痛みの管理
術後は痛みの有無や傷口の状態を定期的に確認します。
術後にも鎮痛薬を使用します。入院中の痛みが強い場合には、退院時に鎮痛薬の飲み薬の使用についてご相談します。
2.抜糸の必要性
当院では通常、体の中で溶ける糸を使用して縫合しますので、抜糸の必要はありません。
皮膚から糸が出ないように縫合することで、手術後の痛みや不快感を最小限に抑えます。
これらの手術プロセスは、雄犬の健康を最優先に考えた適切な管理とケアを行うために実施しています。
去勢手術の費用とペット保険・補助金または助成金の活用
手術にかかる一般的な料金
当院を例として説明させて頂きます。
当院では手術当日~退院までの診察、血液検査、麻酔、注射、入院、抗生剤の飲み薬の費用の合計で
小型犬(15kg未満)¥56,980~
大型犬(15kg以上)¥64,350~
が基本的な料金です。
ここに乳歯の抜歯や、鎮痛薬の飲み薬の処方、潜在精巣の摘出、腫瘍の場合には病理検査など追加があると加算されるので、詳しくは病院にお問い合わせください。
ペット保険でカバーできる範囲とは
保険は基本的には病気に対して適用されるので、予防目的の手術では適用されないことがほとんどです。しかし、精巣腫瘍のような病気に対して去勢手術(精巣摘出術)を行う場合は保険が適用される可能性があります。
どの疾病が保険対象になるかはご加入いただいている保険により異なるため、プラン内容のご確認や、加入している保険会社にお問い合わせをお願いいたします。
費用を抑えるための自治体の補助
都内での雄犬の去勢手術に対する助成金を確認できませんでした。現在、当院でご対応できる助成金はございませんが、詳しくはお住いの自治体にお問い合わせください(2024年7月現在)。
病院選びと事前の準備
信用できる動物病院の選び方
飼い主様の信頼を得られるような動物病院というと、獣医師を含めた動物病院のスタッフと飼い主様が人として合うかどうかも含まれるので、「信頼できる病院」を決めることは主観的な要素が多分に含まれるため難しいです。
ただ、その中でも去勢手術を行うにあたって、重要だと思うものを記載させていただきます。
1.メリット・デメリットの説明があるか
去勢手術は健康なペットに対して全身麻酔を用いて行われる手術です。手術のリスクや注意点について、きちんと説明がされているかを確認しましょう。信頼できる動物病院では、メリットとデメリットを明確に提示し、飼い主様が納得した上で手術を進めることが重要です。
2.入院中の対応について
手術後の入院について、どのような監視体制が整っているかを確認します。通常、基本的な手術では夜間の監視は行われないことが一般的ですが、重篤な場合には夜間監視が可能な体制を整えているかを確認しましょう。当院では異常があればご相談のうえ夜間監視を行います。
3.相談体制
去勢手術は多くのペットにとって初めての手術です。手術後や退院後に気になることや不安があれば、いつでも相談できる環境が整っていることは重要です。気軽に相談ができる動物病院だと、飼い主様も安心できるかと思います。少しでも気になることがあればお気軽にご相談ください。
去勢手術を受ける前の健康チェック
去勢手術を行う前には身体検査と血液検査を必須にしています。
必須にはしておりませんが、必要性があれば心臓・肺・気管の状態を確認するためにレントゲン検査もご提案しています。各検査で異常があれば手術を中止・延期して、異常があった項目について検査や治療を相談させていただきます。
去勢手術後の雄犬との生活
1.性格や日常生活・行動の変化
去勢手術後、雄犬の性格、日常生活、行動には以下のような変化が見られることがあります。
・攻撃行動の減少
去勢手術により、一部の攻撃行動が減少する可能性があります。
・問題行動の改善
去勢手術により、尿マーキングが約60%、一部の攻撃行動が約75%、マウンティングが約80%、放浪行動が約90%改善したという報告もあります。
・甘えん坊になる期間
飼い主様とお話しすると、術後しばらくは甘えん坊になる雄犬もいますが、1か月程度で元の性格に戻ることが多い印象です。初めての麻酔や手術、慣れない環境でのお泊りで人が好きであったとしても不安があり、1か月もすると落ち着いてくれているのではないかと思います。
2.肥満リスク
去勢手術後はホルモンバランスの変化と食事量の増加により太りやすくなります。
肥満は万病のもとと人でも言われるように、雄犬でも病気との関連性が判明してきており、さらに寿命が約2年短くなるという報告もあります。
肥満が発症や悪化に関与する病気は急性膵炎、呼吸器疾患、関節疾患が挙げられます。
ただし、肥満は摂取カロリーの調整や運動によって防ぐことが可能なので、去勢手術の有無にかかわらず健康を維持していくためにもとても重要です。
3.運動や散歩
去勢手術直後は、手術の傷である術創が開かないよう安静にお願いいたします。
安静期間終了後の成犬の運動については
※環境省発行「動物の適正な飼育について」
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/tekisei/h29_05/mat01_01_2.pdf9
・小型犬で約30分
・中型犬で約60分
・大型犬で約80~120分
・ジャックラッセルテリアで約180分
1日1回以上の運動(散歩)を犬種や年齢にあった時間で行うことを推奨しています。
<夏場の炎天下での散歩や運動>
上記時間を炎天下の中で散歩すると熱中症の危険があります。
状況や状態を見ながら、わからないことがあれば動物病院にご相談ください。
4.エリザベスカラーの使用と管理
当院では去勢手術後の退院時にエリザベスカラーを基本的には使用しておりません。
かなり気にしてしまう時のみエリザベスカラーを使用のご相談をさせて頂きます。
去勢手術に関する飼い主様のQ&A
Q:何歳まで雄犬の去勢手術は受けられますか?
A:何歳という決まりはありません。ただし病気を持っている場合や、高齢の場合は手術のメリットがデメリットを超えるのかしっかり獣医師と相談すべきだと思います。
Q:去勢手術を推奨しない雄犬はいますか?
A:当然ではありますが繁殖を考えている場合には去勢手術はしません。また、病気により麻酔のリスクがメリットを上回るときには推奨しません。
Q:去勢した雄犬と去勢していない雄犬の寿命はどれくらい違いますか?
A:去勢雄の方が未去勢雄と比較して14~18%寿命が長くなるという報告があります。
Q:雄犬の去勢手術で死亡する可能性はありますか?
A:あります。技術が進歩してきているとは言え、未だに麻酔が完全に安全ではありません。具体的には、健康な雄犬に対して全身麻酔をした場合に0.11%(約1000頭に1頭)の死亡率とされており、去勢手術ではその割合とほぼ同等の死亡率があると考えられます。
Q:雄犬の去勢手術を検討する際の注意点はありますか?
A:1つ目は本当に繁殖をさせる予定がないか検討していただくべきだと思います。去勢手術は実施すると二度と繁殖ができません。
2つ目は麻酔が完全に安全ではないため、亡くなるリスクもあることをしっかり考えていただく必要があります。
3つ目は去勢手術のメリットとデメリットの項目でも記載した通り、犬種によっては糸に対して強い免疫反応を生じてしまう場合があることと、早期の去勢手術により、病気に罹患するリスクが高くなる犬種があるので、その点もご注意いただきたいです。
ただし基本的には手術のメリットの方が高いために手術しますが、デメリットについても獣医師とご相談いただき手術をするか否かを一緒に考えていただきたいです。
東中野アック動物医療センターの去勢手術
1.去勢術のポリシー
去勢手術は健康な雄犬に対して全身麻酔をして手術を行います。
当然、我々は元気な雄犬を元気な状態でお迎えいただけるよう最善を尽くします。しかし前述した通り、100%安全な手術と言えないのも、デメリットがあることも事実です。
飼い主様としっかり相談し、去勢手術を行うのか否かを焦らずに決めていきたいと思っています。
2.去勢手術の特色
去勢手術には手術方式に解放式と閉鎖式の2通りあります。
当院では解放式を行っており、血管をしっかり結ぶことができます。
また、1日入院していただくことで食欲の有無や、術創の状態の確認など術後の状態把握に努めています。
3.去勢手術の費用
当院では手術当日~退院までの診察、血液検査、麻酔、注射、入院、抗生剤の飲み薬の費用の合計で
小型犬(15kg未満)¥56,980~
大型犬(15kg以上)¥64,350~
が基本的な料金です。
乳歯抜歯や、鎮痛薬の処方、腫瘍の場合の病理検査のような追加項目があると加算されるので、詳しくは病院にお問い合わせください。