お家にお迎えした猫の避妊手術で悩んでいらっしゃる方もいらっしゃるかと思います。
今回は猫の避妊手術のメリットとデメリット、費用、手術方法とその後のケアなどについてご説明させていただきます。避妊手術について知ることで、ご家族の理想に少しでも近付けるようにお手伝いしたいと思います。
獣医師 阿部
猫の避妊手術とは?
避妊手術の具体的な内容
猫の避妊手術ではお腹を開ける手術なので全身麻酔を行い、卵巣と子宮の両方の摘出、または卵巣のみの摘出を行います。当院では開腹手術での卵巣・子宮摘出を行っています。避妊手術をすると卵巣がなくなるため、術後は妊娠・出産ができなくなります。
手術前から退院までのスケジュールをまとめますのでご参考になれば幸いです。
・手術前
避妊手術よりも前の日に事前に診察を行い、身体的に異常がないか確認し手術の日程を決めます。
当院では手術1か月以内(当日を含む)の血液検査が必要です。また、避妊手術の日程が決まったら、避妊手術前日の21時からは絶食します。これはフードを食べていた場合、全身麻酔により筋肉が緩んだ時に胃の内容物が逆流し、誤嚥してしまう可能性を低くすることが目的です。
・手術当日
手術当日は9-10時の間に来院していただき、避妊手術直前の診察を行います。
ご自宅での絶水は不要です。術前の血液検査などで異常があった場合には、精査のために検査や治療のご相談をします。
特に血液検査では、もし今までに血液検査でFIV(猫免疫不全ウイルス)やFeLV(猫白血病ウイルス)の検査をしたことがないようであれば、一緒に行うことをお勧めしています。特に異常がない場合には避妊手術に向けて、抗生剤、鎮痛剤、点滴を行い、全身麻酔で避妊手術をします。
・退院
避妊手術の翌日に異常がなければ退院します。
術創は気になりにくいように糸が体表に出ないで、抜糸が不要な方法で縫合しますが、それでも術創を舐めないように術後服を着てもらっています。服が苦手で着ると固まってしまう猫も多いですが、1日もすると基本的には慣れてくれます。術後服は1~2週間後まで着用をお願いしています。術後服が難しい場合には、エリザベスカラーの貸し出しをしますので、ご相談ください。
退院時には術創の保護のために抗生剤を処方します。
また、猫は犬よりも痛みに敏感であるため、手術後に元気や食欲が出ないことも多々あります。その場合には鎮痛剤の処方や、通院での注射のご相談をします。
・術創の確認
ご自宅で明らかな異常がない場合には、退院して1週間後と2週間後に術創の異常や、体調の変化がないか診察をします。問題なければ術後服を脱いで、術後の診察も終了します。
避妊手術の目的とメリット
①望まない妊娠の抑制
避妊手術の一番の目的は望んでいない妊娠を防ぐことです。
②寿命の延長
避妊雌と未避妊雌の寿命を比較すると、避妊雌の寿命は39%延長するという報告があります。
参考:https://www.humanesociety.org/sites/default/files/docs/Banfield-State-of-Pet-Health-Report_2013.pdf
③乳腺腫瘍などの病気の予防
避妊手術をすることで、卵巣腫瘍や子宮蓄膿症のような卵巣・子宮疾患の予防ができます。
猫の乳腺腫瘍は、全体の腫瘍のうち17%で3番目に多い腫瘍です。さらにその中の85~95%が悪性(いわゆる癌)のため、良性が稀であり、非常に厄介です。
避妊手術はこの乳腺腫瘍の発生率を大きく下げることができる処置ですが、避妊手術の時期が遅くなるにつれ、予防効果が下がります。避妊手術が生後6か月以前で91%、7~12か月で86%、13~24か月で11%の予防効果があり、24か月以降では効果がないという報告があります。
④発情期のストレスの緩和、問題行動の改善
性ホルモンによる発情が抑えられるので、発情のストレスから解放されます。
また、発情期に見られる徘徊や、特有の鳴き声などの発情行動が抑えられます。完全には抑制できない可能性もあります。
避妊手術のデメリットとリスク
①全身麻酔のリスク
避妊手術を行うには、全身麻酔が必須です。
全身麻酔は100%安全ではなく、健康な猫に全身麻酔をした場合の死亡率は0.11%と報告されています(※参考文献:Brodbelt et al.2008)。心臓病などの持病がある場合には、その分リスクが上昇してしまうため、術前の診察や検査が重要になります。
②肥満・糖尿病
避妊手術によりホルモンバランスの変化と食事量の増加により、肥満になります。ただ、肥満に関しては適切な食事の管理により防ぐことができます。また、猫は肥満になると糖尿病の発症率が増加するので、肥満には十分に注意しましょう。
避妊手術をする時期と年齢
猫は生後6~10か月頃に繁殖が可能になるという報告があるため、体格もしっかり大きくなる生後6か月頃の避妊手術を当院ではお勧めしています。
国際猫医学会では生後4か月頃から性成熟するとしているため、同時期の避妊手術を推奨していますが、家から脱走しそうなどの問題がなければ、生後6か月頃の手術でも問題ないと当院では考えています。
また、個体差もあるので手術の時期に関しては動物病院にご相談いただけると幸いです。
避妊手術の適切な時期とは?
必須とまでではありませんが、可能であれば発情期は卵巣・子宮の血管が発達するため、避妊手術時に不要な出血のリスクが上がるため、発情期を避けることが理想的です。
猫の発情期は1~8月に数週間毎に数回繰り返すことが多いですが、飼い猫の場合はお部屋の照明により季節に関係なく発情を迎えてしまう可能性があります。
生後4か月での避妊手術の是非
2004年に生後5か月半の猫に対する避妊・去勢手術が好ましくない行動の増加を示唆した報告がありましたが、2014年の調査で行動の変化に差がないことが報告されています。国際猫医学会は生後4か月での避妊手術を推奨しているため、同時期の手術を否定する内容は現状あまりありません。
早期の手術を行いたい場合には、動物病院でご相談していただいた方が良いかと思います。
避妊手術が遅い場合の影響
避妊手術が遅くなることでの影響は以下の通りです。
①望んでいない妊娠をしてしまう可能性がある。
②子宮蓄膿症や卵巣腫瘍などの生殖器疾患を罹患する可能性がある。
③乳腺腫瘍の罹患率を減少きるが、月齢が進むことで予防効果が低下する。
避妊しない選択肢とその影響
避妊手術をしない場合のリスク
第一にメリットにもなり得ますが、妊娠する可能性があるということです。
子供が欲しい場合には避妊手術は行うべきではないですが、元から繁殖予定ではない場合には、望まない妊娠をしてしまう可能性があります。これはお家の猫が脱走して妊娠してしまう可能性や、野良や脱走した猫が家に侵入してしまっても妊娠してしまう可能性があります。
次に子宮蓄膿症や卵巣腫瘍などの生殖器疾患に罹ってしまう可能性があります。
これらの疾患は報告により差はありますが、シニアになりやすい傾向があります。高齢であったり、他の病気に罹患していたりすると、麻酔のリスクが上昇してしまうので注意が必要です。また、発情期特有の行動や、精神が不安定になってしまう猫の場合は、猫にも人にもストレスがかかる可能性があります。
避妊手術をしない方がいい理由
避妊手術を推奨しない場合もあります。
・繁殖を予定している
・心臓病などの病気に罹患している
・過去に麻酔でショックを起こしたことがあるなど
上記のような麻酔のリスクがある場合などには、避妊手術を行うメリットがデメリットに勝らないようであれば手術は行いません。
避妊手術による死亡リスクと対策
避妊手術を行うには全身麻酔が必須ですが、全身麻酔は亡くなるリスクは0ではありません。
そのリスクをちゃんと評価するために、事前の身体検査や血液検査、必要に応じX-ray検査(レントゲン検査)や超音波検査(エコー検査)などを実施していきます。検査で異常があった場合には原因の追究や治療を行う必要があります。
発情期の時期と対応方法
猫の発情期のサイクルとは?
猫は特定の季節に繁殖をする季節繁殖動物の中の、明るい時間が長くなると発情する長日性季節繁殖の動物です。
1~8月が繁殖季節で、特に1~3月と5~6月に発情することが多いとされていますが、一般の家庭で飼育されている場合は、照明があるため繁殖季節と非繁殖季節の境界がなくなり、いつでも繁殖が行える周年性繁殖になる個体もいます。
発情周期は不規則ですが、約7~14日の発情期を、多くの場合で3~4週の間隔で2~3回繰り返し、1~2か月の間を置いて発情を繰り返すとされています。ただし、発情周期と発情期の期間は個体差などのばらつきが多いとされており、さらに20歳で受胎した報告もあり、更年期がない可能性があります。
発情期の猫の行動と対策
発情中には特徴のある行動があります。
・奇声に似た鳴き声で鳴く
・頭頚部をいろいろな場所に擦りつける
・屈んで腰を低くし足踏みをする
・尻尾を左右どちらかによけて交尾を促す姿勢をとる
・床を転げ回る
また行動ではありませんが陰部の腫れや充血、陰部から少量のやや白い液体が分泌されることがあります。
その他には攻撃的になってしまうや、尿スプレーをすることもあります。
対策は脱走を防ぐことが最優先です。その他にはストレスを軽減してあげることがメインです。遊ぶことが好きな猫であれば遊ぶ時間を増やしてあげる、あまり構われることが好きではない猫であれば構いすぎないなど、ストレスを少しでも感じにくくしてあげてください。
発情期の行動は本能から生じるので、叱っても効果はありませんし、むしろストレスになってしまうのでご注意ください。
発情期を迎えた猫の健康管理
発情期には上記の行動の他に食欲がなくなる猫もいます。
食欲がない原因が単に発情によるものであれば、基本的には様子を見ますが、他の病気が隠れている可能性もあるので注意が必要です。
避妊手術の費用と助成金情報
避妊手術の一般的な費用
当院では手術当日~退院までの診察、血液検査、麻酔、注射、入院、抗生剤の飲み薬の費用の合計で¥59,620~が基本的な料金です。
ここにウイルス検査や、乳歯の抜歯、鎮痛薬の飲み薬の処方、潜在精巣の摘出、腫瘍の場合には病理検査など追加があると加算されるので、詳しくは病院にお問い合わせください。
避妊手術の助成金と補助金について
各自治体により助成金を出している場所もあり、当院で避妊手術を行った場合には証明書を発行することができます。しかし、中野区・杉並区の助成金は地域猫に限られ、新宿区では新宿区の指定動物病院で手術を行う必要があるため、申し訳ありませんが当院で直接的に申請を行っている助成金はありません。詳しくはお住いの自治体にお問い合わせください(2024年7月現在)。
地域団体や保険による費用補助
いくつもの地域団体がありますが、大変申し訳ありませんが当院と提携している団体はございません。当院で避妊手術を行った場合の証明書発行は可能です。
保険は病気に対して適用されるサービスなので、予防目的の手術では適用されないことが多いです。しかし、子宮蓄膿症などの病気に対して避妊手術(卵巣・子宮摘出術)を行う場合は保険が適用される可能性があります。どの疾病が保険対象かどうかは、ご加入いただいている保険により異なるため、プラン内容のご確認や、加入している保険会社にお問い合わせをお願いいたします。
病院選びと事前準備
信頼できる動物病院の選び方
飼い主様の信頼を得られるような動物病院というと、獣医師を含めた動物病院のスタッフと飼い主様が人として合うかどうかも含まれるので、「信頼できる病院」を決めることは主観的な要素が多分に含まれるため難しいです。ただ、その中でも避妊手術を行うにあたって、重要だと思うものを記載させていただきます。
メリット・デメリットの説明があるか
避妊手術は健康な猫に対して全身麻酔を用いて行われる手術です。
手術のリスクや注意点について、きちんと説明がされているかを確認しましょう。信頼できる動物病院では、メリットとデメリットを明確に提示し、飼い主様が納得した上で手術を進めることが重要です。
入院中の対応について
手術後の入院について、どのような監視体制が整っているかを確認します。
通常、基本的な手術では夜間の監視は行われないことが一般的ですが、重篤な場合には夜間監視が可能な体制を整えているかを確認しましょう。当院では異常があればご相談のうえ夜間監視を行います。
相談体制
避妊手術は多くの猫にとって初めての手術です。
手術後や退院後に気になることや不安があれば、いつでも相談できる環境が整っていることは重要です。気軽に相談ができる動物病院だと、飼い主様も安心できるかと思います。少しでも気になることがあればお気軽にご相談ください。
避妊手術を受ける前の健康チェック
避妊手術を行う前には身体検査と血液検査を必須にしています。
必須にはしておりませんが、必要性があれば心臓・肺・気管の状態を確認するためにレントゲン検査もご提案しています。各検査で異常があれば手術を中止・延期し、異常があった項目について追加検査や治療の相談させていただきます。
避妊手術後の猫との生活
避妊手術後の飼い主が気を付けることを下記に記載いたします。
術後すぐの注意点
ポイント1
術創が開かないように、基本的には安静を保つことが重要です。
また、術創からの出血などがあれば受診をお願いいたします。
ポイント2
術後服を装着し、舐めないように注意します。
かなり気にする場合にはエリザベスカラーの貸し出しを相談するので、お問い合わせください。
ポイント3
猫は犬以上に痛みに敏感と言われています。
当院の避妊手術は開腹手術なので、術後の痛みで元気や食欲が出ないこともあります。元気や食欲が出ないときには、鎮痛剤や点滴などの注射をするかどうか判断するためにも受診またはお問い合わせください。
ポイント4
避妊手術後はできる限り安静と術創の保護のために、しばらくの間はお風呂も我慢してほしいです。可能であれば術後1か月はお風呂に入らないようお願いいたします。
長期的な注意点
避妊手術後はホルモンの変化により肥満になりやすいです。
肥満は糖尿病や下部尿路疾患(膀胱炎や尿石症など)のような病気に罹患しやすくなるので、動物病院でフードの量や種類を相談しましょう。
術後の食餌と健康管理のコツ
術後には肥満になりやすいこともあり、カロリーが低いフードの提案もします。術後も定期的に動物病院で体型を判断し、太りすぎていないか確認することをお勧めします。
エリザベスカラーと傷口の管理
当院では基本的に術後服を着用してもらうことで、術創を舐めにくくしています。可能であれば2週間着用をお願いしていますが、着用する期間については猫の性格も考慮します。
猫が服に慣れないこともありますが、1日で慣れてくれる場合が多いです。もし慣れない場合には、エリザベスカラーの貸し出しの相談もできるのでご相談ください。
避妊手術後の性格の変化はあるか?
避妊手術で大きく性格が変化したことはあまりないですが、発情のストレスから解放されることで、少し穏やかになる猫もいるようです。
避妊手術と猫の行動パターン
ずっと鳴きまわるなどの発情行動が減ることで、猫のストレスが減少する可能性があります。怒りやすい猫であれば、ストレスが減ることで攻撃性が低下する可能性があります。
避妊手術に関する飼い主の悩みとQ&A
避妊手術に関する一般的な質問をご紹介します。
Q:さくらねこ(耳カット)とは何ですか?
A:さくらねこは、避妊・去勢手術を実施した猫を、見た目から手術されているか判別できるように耳を一部カットすることです。避妊・去勢手術で全身麻酔をしているときに、耳のカットを行うので痛みは低いとされています。
基本的には地域猫(飼い主がいない猫)に行う施術で、地域猫がすでに避妊・去勢手術を受けているか判断できるので、手術済みの猫を捕獲せずにすみます。
Q:猫が避妊手術後に吐いたらどうしたらいいですか?
A:入院・手術による負担で一時的に体調が悪い可能性が高く、通常であれば2~3日で食欲が出てくるとともに症状も改善することが多いです。
しかし、その他にも膵炎などの可能性もあるため、動物病院で相談していただいた方が良いです。
Q:避妊した猫と避妊していない猫の寿命はどれくらい違いますか?
A: 避妊雌と未避妊雌の寿命を比較すると、避妊雌の寿命は39%延長するという報告があります。
Q:猫の避妊手術で死亡する可能性はありますか?
A: 全身麻酔は100%安全ではなく、健康な猫に全身麻酔をした場合の死亡率は0.11%と報告されています。
Q:避妊手術をしても発情がある場合、なぜですか?
A:最も多いのは、避妊手術前に発情したことがある猫の場合に、手術が成功していても発情行動が消失しないこともあります。
その他には手術で卵巣の一部を取り残してしまった可能性や、割合は低いですが副卵巣と言われる本来、卵巣が形成される位置以外に卵巣が形成され、それが残ってしまっているという報告もあります。
発情がある場合にはホルモンの測定などを行い、卵巣が体内にまだあるのか確認します。
東中野アック動物医療センターの避妊手術
避妊手術のポリシー
避妊手術は健康な猫に対し、全身麻酔をして手術を行います。
当然、我々は元気な猫を元気な状態でお迎えいただけるよう最善を尽くします。
しかし前述した通り、100%安全な手術と言えないのも、デメリットがあることも事実です。飼い主様としっかり相談し、避妊手術を行うのか否かを焦らずに決めていきたいと思っています。
避妊手術の特色
当院では、術創を縫合糸が体の外に出ない方法で縫合します。体の外に縫合糸が出る場合よりも、猫が術創を気にしにくいことが多く、縫合糸が体の中でゆっくり分解されるので抜糸も不要なので、猫に対する負担を少しでも減らすようにしています。
当院ではなるべく痛みを減らすために、手術前から鎮痛剤を使用し、術後にも使用します。入院中・退院後も痛みがある場合には退院時に鎮痛剤の処方のご相談をさせていただきたいと思っています。
避妊手術の費用
当院では手術当日~退院までの診察、血液検査、麻酔、注射、入院、抗生剤の飲み薬の費用の合計で¥59,620~が基本的な料金です。
ウイルス検査や、鎮痛薬の処方、乳歯抜歯、腫瘍の場合の病理検査のような追加項目があると加算されるので、詳しくは病院にお問い合わせください。