お迎えした猫の去勢手術をすべきか悩んでいらっしゃる方も多いかと思います。
今回は猫の去勢手術のメリットとデメリット、手術をしないことの影響、手術の適切な時期、手術方法、その後のケアなどについてご説明させていただきます。
去勢手術について知ることで、ご家族の理想に少しでも近付けるようにお手伝いしたいと思います。
獣医師 阿部
猫の去勢手術は必要?
去勢手術のメリットとデメリット
メリット
去勢手術を行うにあたり、一番の目的は望まれない妊娠をさせないことです。
これは不慮の事故や災害で、脱走などをしてしまったときや、そもそも繁殖を求めていない場合にとても重要になります。
その他のメリットについても解説していきます。
・長寿になりやすい
去勢手術をされた猫の寿命が62%延長するという報告があります。
・問題行動の改善
尿のマーキング(スプレー行動)やマウンティング、一部の攻撃行動の改善が知られています。また、雌への関心が低下することなどで脱走のリスクも下げることができるとされています。
・ストレスの軽減
発情のストレスから解放される可能性があります。
・病気の予防
猫での発生頻度は少ないですが、精巣や前立腺の腫瘍・炎症を予防できます。ただし、陰嚢内に精巣が降りてこないものを潜在精巣(停留精巣、陰睾)と言い、潜在精巣の場合は精巣が腫瘍化するリスクが高くなるという報告があるので、その場合はより一層、去勢手術をお勧めします。
デメリット
・全身麻酔のリスク
去勢手術には全身麻酔が必須であり、健康な猫でも全身麻酔のリスクが0ではありません。健康な猫の全身麻酔の死亡率は0.11%と報告されています(参考:Brodbelt et al.2008)。
・心筋症
猫の心筋症は、事前の身体検査のみでは見つけることが難しい病気です。心筋症がある場合でも、身体検査で行う心音の聴診で異常が検出されないことも多い病気です。この病気にかかっている猫は、全身麻酔のリスクが上昇するため、まず心筋症の進行度合いを評価するために検査が必要です。
また、そもそも心筋症がない猫でも、全身麻酔などの治療の後に、一時的な心筋肥大(心臓の筋肉が大きくなること)を引き起こし、心不全になることがあります。しかし、適切な治療を受ければ回復することが多いです。ただし、早期に気付かないと命に関わることがあるため、注意が必要です。
・誤嚥(ごえん)や低血糖、低体温のリスク
全身麻酔では誤嚥を防ぐために絶食が必要ですが、特に10週齢未満の子猫に絶食を行う場合には低体温や低血糖に注意する必要があります。これらに対しては保温や、絶食時間の調整を行うことで防ぐことができます。
・肥満と糖尿病
去勢手術によりホルモンバランスの変化と食事量の増加により、肥満になりやすくなることも挙げられますが、肥満に関しては適切な食事の管理により防ぐことができます。また、猫は肥満になると糖尿病の発症率が増加するので、肥満には十分に注意しましょう。
去勢手術を行わない場合には十分に気を付けていただきたいことがあります。
去勢しないで飼う場合のリスク
妊娠について
飼っている猫が脱走などにより、他の猫と接触してしまう場合に相手を妊娠させてしまう可能性があるので注意が必要です。脱走は去勢手術の有無に関係なくあってほしくないですが、脱走により野良猫を妊娠させてしまえば、野良猫の頭数が増加することは、その地域にとっては良くない場合があります。また、脱走し他の猫と喧嘩をすれば感染症のリスクも一層高まるので、脱走には十分に気を付けてください。
問題行動
去勢手術を行えばすべてが解決するという訳にはいきませんが、尿のマーキングや攻撃性は去勢手術により減らすことができる可能性があります。猫が攻撃的になるのは、ストレスや爪切りなどの日常のお世話、他の猫との接触が主な原因です。特に他の猫と喧嘩すると、怪我をすることがあるので気をつけましょう。
定期的な健康チェック
猫では少ないですが、精巣や前立腺の腫れなどの異常に対して注意を払う必要があります。定期的な健康診断は去勢の有無でする・しないを決めるものではありませんが、去勢手術を行っていないのであれば、より注意が必要です。
去勢手術の倫理的側面について
去勢手術は猫の健康と福祉に多くの利点をもたらしますが、同時に手術自体が持つリスクや倫理的な側面も考慮する必要があります。これらを総合的に検討することで、猫にとって最適な選択をすることが可能になります。
以下に猫の去勢手術を行う際に、倫理的側面を記載しますので合わせてご確認ください。
動物の福祉
・望まない繁殖を防ぎ、猫の生活環境を改善する。
・ただし、手術による痛みやストレスも考慮する必要がある。
個体数管理
・野良猫の増加を防ぎ、動物保護施設の負担を減らす。
・無計画な繁殖を抑え、適切な飼育環境を確保する。
健康上の利益
・特定の癌や感染症のリスクを減少させる。
・攻撃性やテリトリー争いが減少し、怪我のリスクが低下する。
自然な行動の抑制
・性行動や繁殖本能を抑制するが、これが猫の自然な行動を妨げるとの懸念もある。
・しかし、去勢による行動の変化は猫のストレスや健康リスクを軽減する。
結論
去勢手術には多くの倫理的側面があり、それぞれに賛否が存在します。
去勢手術の決定は、猫の福祉、健康、行動、そして飼い主の責任を総合的に考慮した上で行うべきです。個々の状況に応じて、最適な選択をすることが重要です。
去勢手術の費用と助成金について
去勢手術の費用
当院では手術当日~退院までの診察、血液検査、麻酔、注射、入院、抗生剤の飲み薬の費用の合計で¥45,430~が基本的な料金です。
ここにウイルス検査や、乳歯の抜歯、鎮痛薬の飲み薬の処方、潜在精巣の摘出、腫瘍の場合には病理検査など追加があると加算されるので、詳しくは各動物病院にお問い合わせください。
東京の自治体の助成について
各自治体により助成金を出している場所もあり、当院で去勢手術を行った場合には証明書を発行することはできます。
しかし、中野区・杉並区の助成金は地域猫に限られ、新宿区では新宿区の指定動物病院で手術を行う必要があるため、申し訳ありませんが当院で直接的に申請を行っている助成金はありません。詳しくはお住いの自治体にお問い合わせください。(2024年7月現在)
ペット保険でカバーされる範囲
基本的に保険は病気に対して適用されるサービスなので、予防目的の手術では適用されないことが多いです。しかし、精巣腫瘍などのような病気に対して去勢手術(精巣摘出術)を行う場合は保険が適用される可能性があります。
どの疾病が保険対象かはご加入いただいている保険により異なるため、プラン内容のご確認や、加入している保険会社にお問い合わせをお願いいたします。
去勢手術の最適なタイミング
去勢手術の適切な時期は生後何か月?
当院では猫の性成熟が生後9か月頃という報告があるため、体格もしっかり大きくなる生後6か月頃の去勢手術をお勧めしています。
国際猫医学会では生後4か月頃から性成熟するとしているため、同時期の去勢手術を推奨していますが、家から脱走しそうなどの問題がなければ、生後6か月頃の手術でも問題ないと当院では考えています。
また、個体差もあるので手術の時期に関しては動物病院にご相談いただけると幸いです。
猫の性成熟期とは
【時期】一般的に4か月から10か月の間ですが個体差があることと、報告にもバラつきがあります。
【特徴】精巣が大きくなり、精子を生産し始め、生殖が可能になります。マーキング行動(尿を使って縄張りを示す行動)や雌猫に対する関心が増えることがあります。
去勢手術の方法と術後のケア
猫の去勢手術はどんなことをするの?
①全身麻酔
手術の手技を安全に行うために全身麻酔を行います。
②毛刈り
術創が汚れないように陰嚢とその周囲を毛刈りします。
③消毒
術野(手術を行っている目で見える部分)をポピヨドンヨードやアルコールなどの消毒液で消毒します。
④去勢手術
陰嚢の真ん中を切開し、精巣を切除して手術は終了です。猫の去勢手術では傷口を縫う必要がありません。猫の体は自分で傷を閉じる力が強く、自然にしっかりと傷口が閉じることが多いため、縫合は行わないことが多いです。
全身麻酔と局所麻酔の違いと術後のケアについて
全身麻酔と局所麻酔のそれぞれの特色と術後のケアについて解説します。
・全身麻酔
全身麻酔は「麻酔薬を中枢神経(脳と脊髄)に作用させることで麻酔効果を得る方法」です。麻酔薬が脳に鎮静効果を与えることで、意識を消失させます。
ただし、麻酔薬が中枢神経に作用するため、中枢神経の重要な機能である呼吸や心拍、血圧などの生命の維持に必要な機能も大なり小なり抑制されます。また、麻酔薬を含む多くの薬は各種臓器で代謝・排泄されるため、臓器に障害がある場合には麻酔の効果が不安定になってしまい、コントロールが難しくなる可能性があります。
・局所麻酔
局所麻酔は「末梢神経(中枢神経以外)に作用し、感覚を麻痺させる方法」です。末梢神経に作用するため、意識に影響が出ることが少なく、局所麻酔の主な目的は鎮痛作用です。
局所麻酔も基礎疾患がある場合では使用できないことがあり、猫が動きを抑制する目的の場合には、局所麻酔のみでの処置では難しいことがあります。
手術を行う場合には、動物が動いてしまうと危険なので、局所麻酔のみで行うことはごく一部です。全身麻酔と局所麻酔を併用することで、術後の痛みを最小限にすることを目指します。
術後の抜糸と傷口のケア方法について
猫の去勢手術では術創の縫合をしないことが多いので、基本的に抜糸は必要ありません。術後のケアについては、術創を気にする場合にはエリザベスカラーなどの使用を検討しますが、必要ない場合も多いです。術創をいじらないようにお願いいたします。
猫が術創を気にする、出血がある、腫れているなどの異常があれば動物病院にご相談ください。
去勢手術準備、前日から当日まで
手術前の健康診断と注意点
術前の診察で注意していることをご説明します。
・全身状態の把握
一般的に去勢手術は健康な状態で行うことが多い手術ですが、診察時に心臓の雑音などの異常がないか確認をします。
・精巣の位置
去勢手術のメリットの項目でお話しした潜在精巣かどうかを確認することは、去勢手術を行うにあたり、皮膚を切開する場所を決定するために必要です。
・血液検査
まず血液検査を行う場合、12時間の絶食が理想と言われています。ただし、まだ生後10週齢以下であれば、絶食による低血糖などのリスクがあるので、絶食時間は動物病院にご相談ください。食餌をしてしまうと本来は正常のはずなのに異常値が出てしまうリスクもあるのでご注意ください。
貧血などの異常の有無の確認や、特に腎臓や肝臓の機能が低下している場合は、麻酔の効果が安定しない可能性や、麻酔により状態が悪化する可能性があるため、異常があれば去勢手術を行わず、その原因が何か追及するために、その他の検査や治療をご提案する場合があります。
また、血液検査でFIV(猫免疫不全ウイルス)やFeLV(猫白血病ウイルス)の検査をしたことがないようであれば、一緒に行うことをお勧めします。
・その他の検査
X-ray検査(レントゲン検査)
若齢も含め必要があればですが、特に高齢になってからの去勢手術では、心臓病や呼吸器の異常の有無を確認することもあります。
US検査(エコー検査、超音波検査)
心臓の動きや機能の異常や、腹部臓器の形態的な異常を確認します。
手術の流れと猫への負担を減らすコツ
・手術前日
手術前日の21時以降は絶食をお願いしています。お水に関しては来院まで飲んで問題ありません。
・当日
9~10時の間に来院していただき、診察を行います。1か月以内に血液検査をしていない場合は、ここで血液検査を行い異常がないか確認します。異常がない場合には、術前に抗生剤や鎮痛剤、点滴などの注射をして、お昼に全身麻酔をして手術を行います。20~30分ほどで手術が終了し、しっかり覚醒するのを確認します。
・退院
1日入院してもらい、術後のふらつきや出血などの異常がないか確認します。
手術の翌日に問題がなければ退院し、術創からの感染を防ぐために抗生剤の処方と、痛みの反応が強い場合には鎮痛剤の処方の相談をします。
・術創の確認
異常があればすぐに教えていただきたいです。
異常がない場合は、1週間後に術創に異常がないか確認するために受診をお願いしています。
・猫の負担を減らすコツ
基本的に動物病院が好きな猫は少ないように感じます。
少しでも動物病院が悪い場所じゃないと知ってもらうために、病院に体重を測定するだけでもいいので来院してもらい、その時におやつを食べてもらうなどして、動物病院が嫌な場所じゃないと思ってもらうことが理想です。
ただし、性格的にどうしてもすごく緊張してしまう猫の場合には、来院前に飲み薬の鎮静剤を使用することで、うとうとしている間に診察などを行うことでストレスを減らす方法もあります。また、入院も負担が大きい猫であれば、手術をした日に退院するなども考慮することがあります。
ぜひ動物病院でご相談ください。
去勢手術後の生活変化と健康管理
術後の体重管理と肥満予防
去勢手術後は食事量が増えやすいという報告があることや、ホルモンバランスの変化によって、肥満になりやすいです。また、肥満になると糖尿病の発症率が増加するので、肥満には注意が必要です。
定期的な健康診断で体重の増減や、体格を確認することをお勧めします。
肥満傾向になる場合には、肥満の程度によりフードの量や、カロリーが低いフードへの変更を行います。
マーキング行動の軽減効果
去勢手術により、猫のマーキング行動(スプレー行動)は約90%が抑制されると言われています。これは、マーキング行動が雄性ホルモンであるアンドロゲンによる影響が強く、アンドロゲンを分泌する臓器である精巣を摘出するので効果が出ると考えられます。
術後の気になる変化
慣れない環境での入院や手術の影響で、数日の間は元気・食欲が落ちる傾向があります。
全く食欲がない場合には、手術の痛みによる反応も考えられます。その他にも出血など気になることは動物病院にご相談ください。
去勢手術に対するよくある不安とその解消法
手術の成功率と失敗のリスク
健康な猫の全身麻酔の死亡率は0.11%と報告されており、去勢手術では同等のリスクがあると考えられます。これらの麻酔関連死の原因は主に心血管系・呼吸器系の単独または混合によるものである割合が高く、麻酔技術が向上し死亡率も減少してきていますが、0にはなっておりません。
術後の健康管理と病気予防
特に手術直後は慣れない環境での入院や手術の影響で、数日の間は元気・食欲が落ちる傾向があります。痛みが原因であれば複数種類の鎮痛剤などを使用した方が良い場合もあるのでご相談いただけると嬉しいです。
また、長期的な内容では、去勢手術後は食欲の増加などから肥満になりやすいです。猫の成長期は約1歳までと言われますが、ご自宅でも体重が増えてきていないか確認していただきたいのと、若い猫でも1年に1回は病院での健康診断をお勧めします。
飼主へのアドバイスと心のケア
去勢手術はまだ100%安全な手術ではありません。しかし、寿命が延びてくれる可能性があるのも事実です。手術のリスクや、術後の不安など動物病院と相談しながら去勢手術を実施するか否か決めていただきたいです。
去勢手術に関する飼い主の悩みとQ&A
去勢手術に関する一般的な質問となりますので参考にご覧ください。
Q:去勢手術後も発情するのはなぜですか?
A:ご質問内容は去勢手術を行ったのに尿のマーキングやマウンティング、一部の攻撃行動の改善がないということかと思います。猫の発情期の行動は去勢手術で改善がある場合が多いのですが、特に発情を経験した猫では改善率が下がると言われています。
去勢手術後に発情行動が残ってしまった場合でも、繁殖はできません。
猫のストレス軽減という観点では、ストレス緩和用のサプリメントや、猫のフェロモン製剤の利用を検討してみても良いと思います。
Q:去勢手術を推奨しない猫はいますか?
A:います。
当然ではありますが、繁殖を考えている場合には行いません。
また、心臓病や腎臓病などの病気が見つかっていて、去勢手術のメリットが、麻酔のリスクなどのデメリットに見合わない場合も推奨しません。
Q:去勢した猫の性格は変わりますか?
A:去勢手術後は性格が穏やかになりやすいですが、変わらないこともあります。
元からの性格や、環境、品種などの様々な要因で、性格や行動は変化するので、去勢手術で絶対に性格が変わると信じない方が良いと思います。
Q:猫が去勢済みなのにマウンティングするのはなぜ?
A:マウンティングは発情行動以外の意味があります。去勢手術は発情行動以外に対しての効果はそこまで高くはありません。
①優位性の誇示
他の猫などに自分の縄張りであることや、自分の方が優位にいることをアピールするためにマウンティングをする場合があります。
②転移行動
進路妨害や睡眠などを邪魔されるなど、行動を制御・妨害されると関係ない行動をする時があります。これを転位行動と言い、人が困ったときに頭を掻くことも含まれます。
Q:去勢した猫は長生きする?
A:去勢雄と未去勢雄の寿命を比較すると、去勢雄の寿命は62%延長するという報告があります。
東中野アック動物医療センターの去勢手術
去勢手術のポリシー
去勢手術は健康な猫に対し、全身麻酔をして手術を行います。当然、我々は元気な状態でお迎えしてもらえるよう最善を尽くします。
しかし前述した通り、100%安全な手術と言えず、デメリットがあることも事実です。メリット・デメリットを飼い主様としっかり相談し、去勢手術を行うのか否かを焦らずに決めていくのが当院の基本です。不明点や心配事はお気軽にご相談ください。
去勢手術の特色
猫の去勢手術は術創の縫合を行わないことが多く、当院も縫合しておりません。
術創を過度に気にしてしまう場合には、エリザベスカラーの貸し出しなどの相談もします。
当院ではなるべく痛みを減らすために、手術前から鎮痛剤を使用し、術後にも使用します。入院中・退院後も痛みがある場合には退院時に鎮痛剤の処方のご相談をさせていただきたいと思っています。
去勢手術の費用
当院では手術当日~退院までの診察、血液検査、麻酔、注射、入院、抗生剤の飲み薬の費用の合計で¥45,430~が基本的な料金です。
ウイルス検査や、鎮痛薬の処方、乳歯抜歯、腫瘍の場合の病理検査のような追加項目があると加算されるので、詳しくは病院にお問い合わせください。